元活字中毒主婦の身辺雑記

日常の細々したことなど。

読書日記/「天城」(横光利一)とか

先日日記に書いた「日本短編文学全集」を持ち帰って「天城」を読みました。ちょっと突飛かもしれないけど、江川達也の「東京大学物語」を連想してしまいました。全然たいしたことない日常の瑣末なことを大げさに延々と考察するところが似てる。

 

巻末に丸谷才一の解説があって、どうやら「天城」より「機械」という作品のほうが世間的に評価が高いみたいなのでそっちも読んでみました。「機械」のほうがより実験小説らしい。文体も。段落や句読点が極端に少ないし、「ネームプレート製作所」というなんだかわからない工場で働く作業員達の諍いや疑心暗鬼が抽象的に描かれているので。「天城」より暗いです。ストーリーも文章のイメージも。福満しげゆきっぽい……って無理矢理漫画に例えることないか。

 

短編を二つ読んだだけでなんですが、私はあんまり横光利一が好きになれませんでした。少なくともこれ以上他の作品を読む気分にはなれない。ただ、丸谷才一の解説はおもしろかったです。あと、昔から思ってましたが、この全集、どの作家を同じ巻に入れるかの感覚が不思議。横光利一伊藤整稲垣足穂と共に33巻に収録されています。三人の共通点がいまひとつわからん。「新感覚派」の作家ということでしょうか。

 

アパートには長らく放置している本が大量にあるので、ちょっとずつ読んでいきます。そんで、要らないなと思ったら処分する予定。とりあえず今回持ち帰ったのは『東京爆発小僧』『東京デカメロン』(末井昭)『愛情生活』(荒木陽子)の3冊です。「天城」の時と同じで、人のブログ読んでたら末井昭の『自殺』という本の感想が書いてあって(そういや昔、西原理恵子の漫画でこの人が先物取り引きに失敗するシーンが描いてあった)と思い出しました。それと『愛情生活』の付録「陽子さんの想い出」に文を寄せていて「私自身、いつ死んでもいいとずっと思っていたように思う」と書いていたのも。当時、その文を読みながら(この感覚はよくわかる)と思った自分のことも思い出しました。今は、とりたてて「死」とか「生」とかを意識しながら生活していませんが、「いつ死んでもいい」「生きててよかったと思うことはいっぱいある」の両方の気持ちを持ってます。ごく普通のこととして。年を取って楽になることは多い。末井さんはどうなんだろうなあ。三冊読んだら『自殺』も読んでみようかな。