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元活字中毒主婦の身辺雑記

日常の細々したことなど。

ラノベを古本屋に売ったことや村上春樹と片岡義男のことなど

古書店の前に貼ってある「高価買取」一覧を眺めてたら、娘がもう要らないと置いていったラノベのタイトルがありました。「高価」って言っても一冊150円ですが。というわけで、その本を含め20冊程度持っていったら900円になりました。来月の仕送り分に上乗せして送金するかな(笑)amazonで見てみたら1円〜になってたのに、おもしろいなあと思いました。

 

本に限らないけど、どこで売ってるかで全然値段が違うことは多いです。意外なものが高値だったり、逆にすごく安かったり。それはおもしろいけどめんどくさい。私は本や雑貨などの非生活必需品に関しては割とまめに調べたりお店をうろうろしたりするのに、日常の中で「お得」や「節約」を心がけるのが苦手です。あっちのスーパーのほうが安いとか、ガソリンは何曜日がお得とか、ポイント何倍デーは何日とか考えるのがめんどくさい。今までは「特に贅沢してないしいいや」ですませていたけど、今年から娘も大学に行きだして、さすがに無頓着ではいられなくなってきました。とりあえず楽しいことから始めようってことで「マイルを貯めて東京へ行こう」を目標にしてクレジットカードを整理してます。ここ数年(いやもっとかな)年間集計まで行き着いていない家計簿もきっちりつけようと思います。

 

さて、一昨日ブログで書いた片岡義男の『東京青年』ですが、売れたので荷造りして発送しました。その際、記念? に撮った裏表紙がこちら。帯に書かれた文章がまた私の自意識を刺激します。いや〜売れてよかった。やっぱ実店舗で売るのは無理だよ。

 

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この文章を読んで、この小説の舞台は村上春樹の『ノルウェイの森』より10年ほど前なんだと気づきました。

 

村上春樹の短編は好きです。『蛍・納屋を焼く・その他の短編』を読んだときは(日本のフィッツジェラルドだ。こういうのが読みたかったんだ!)と思いました。その後『ノルウェイの森』を読んでがっかりしてしまって、何作かは長編も読んだけど好きにはなれず、そのうち本屋で最初の数十ページを読んで、そのあとは後ろのほう数十ページをぱらぱらめくってセックスシーンを探し(はい、確認。終了)というのが習慣になりました。この頃は、その確認作業すらやってません。

 

私の中では片岡義男村上春樹はおなじカテゴリーに入っていて(このこと自体が今や間違いなんでしょう)、日本語の美しさや情景描写に関しては片岡義男のほうが断然上です。世間的に片岡義男が「昔は一世を風靡した通俗小説家」で、村上春樹は「ノーベル賞を狙える純文学者」というのが納得できません。まあ、純文学と通俗小説の境とかどうでもいいことなんだけど。片岡義男は早く世に出過ぎてしまったのかなあと思うし、村上春樹はセルフブランディングが上手いのかなあと思う。実は村上春樹は人が悪くて「純文学者」を演じて見せてるんだ、という妄想すら抱いてしまいます。

 

ちなみに『ノルウェイの森』は親戚の家に泊まったとき、そのお宅にあったのを読みました。夫君の蔵書でしたが亭主関白な人だったので意外でした。ベストセラーだからたまたまかなと思ったら、わたせせいぞうの大ファンだと聞いてなんか納得したことを思い出しました。

 

 村上春樹の作品(短編を除く)は好きになれないのに、本の装丁は好きなものが多いです。こんな本もでているんだなあ。

 

ノー・シューズ

ノー・シューズ

 

 佐々木マキのエッセイ集。ヴィレッジバンガードで買いました。ヴィレッジバンガードは店舗によって全然品揃えが違うのが面白いです。家の近くの店は雑貨が多め。借りていたアパートの近くの店は本が多め。それも画集とか硬めの本とか多数。客層が全然違うんだろうなあ。この本の中で佐々木マキは、村上春樹と出会った時の印象を「きわめて賢い抑制を伴ったわがまま、とでも言うべきものを感じた」と書いています。