元活字中毒主婦の身辺雑記

日常の細々したことなど。

掃除の効用

昨日は天気が良かったので、台所と廊下の間の引戸を外して洗いました。ガスレンジ横に位置しているので汚れやすく、ずっと気にはなっていたのです。外でホースの水をかけ、洗剤をつけたスポンジでごしごし擦りました。無垢材なのでちょっと乱暴ですが、長いこと放っておいたせいで、ちょっとやそっと拭いたくらいでは汚れが取れなくなっていたので。拭きあげて乾かした後に荏油を塗り込むと、見違えるくらい綺麗になりました。そうしたら、今度は台所の床が気になり始めました。近いうちに床も洗剤で汚れを落としてワックスをかけようと思っています。

 

頭痛と怠さの原因は、運動不足と目の酷使のせいだと思うので、昨日は掃除をしたり庭木の植え替えをしたりと、せっせと体を動かしました。というか、ようやく体を動かす元気が戻ってきたとも言えます。新品のようになった引き戸を見たら気持ちが明るくなりました。調子に乗ってやり過ぎると元の木阿弥なので、ぼちぼちペースを作って行こうと思います。このまま調子が良くなるといいなあ。

 

マルタ 純正荏油 500ml

マルタ 純正荏油 500ml

 

 今日塗った油はこれです。良い艶が出ました。他の建具も塗りたいくらい。

 

おそうじを おぼえたがらないリスのゲルランゲ (世界傑作童話シリーズ)

おそうじを おぼえたがらないリスのゲルランゲ (世界傑作童話シリーズ)

 

 オオカミに食べられそうになっても「おそうじはおぼえたくありません」と言い張るリスのゲルランゲ。小憎らしいけど可愛いです。堀内誠一さんの絵で可愛さ倍増。

ついに老眼鏡を作りました

ここのところずっと頭痛に悩まされています。漫然とネット上のあれこれを見て回る悪癖がある上に、コールセンターではPC画面を注視するので、目が疲れているんだと思います。それに眼鏡が合っていないような。字を書く時に手元が見づらいし、本も読みづらいです。小学校で絵本を読んでいても字が見えにくいなあと感じることが増えました。今使っている近視用の眼鏡もレンズに小さな傷が目立つし、フレームも色が剥げかかっているし、そろそろ替え時。

 

というわけで近視用の眼鏡と老眼鏡、両方作ってきました。遠近両用は絵本を読む時に役に立たなそうだし、用途別にしてかけかえた方が目の負担が少ない気がしたので。できるだけ安いのにしたつもりだけど、顔が小さくて合うフレームが少ないのと、度が強くてレンズが高いせいで、2つで6万超えました。は〜。お金ないのに。今月もがんばって働かねば。

 

グレイヘアという選択

グレイヘアという選択

 

 

眼鏡もお金かかるけど、髪のカラーリングもお金かかるし面倒です。40過ぎくらいから白髪が目立つようになり、当初は自然に任せていましたが「童顔なのに不自然。病気の人みたいに見える」と夫から不評で、ずっとヘアマニキュアをしています。しかしもう白髪で良いんじゃなかろうか。50半ばだし。とはいえ真っ白だと綺麗だけど、まだ胡麻塩なんで悩む。それに、ヘルパーをしていた頃、白髪が美しいマダムに「放っておくと黄ばむので定期的に美容院に行ってお手入れしている」と聞きました。綺麗でいるにはやはりお金と手間がかかるのかなあ。

 

最近読んだ絵本あれこれ

朝から中学で本読んできました。これです。

 

ぜつぼうの濁点

ぜつぼうの濁点

 

 

ネタばらしすると、平仮名の国に住んでいる「ぜつぼう」の濁点が「主人が絶望してるのは自分のせいだ」と思って「し」の池に身を投げた結果、「きほう」にくっついて「きぼう」になる話。......表紙の画像みて気がついたけど「ぜつぼう」には濁点二個あるから一個は余るよね。いや、「濁点」としての人格?は何個あっても一個なのか......まあ、そんな細かいことはいいんだよってことかな。(*追記*いや、これで良いのだった。切望になるんだよね、絶望が。肝心なとこで勘違い。)言葉遊びが楽しい絵本です。小学生だと少しわかりづらいかも。

 

 

昨日、小学校で読んだ絵本はこの2冊。3年生に読みました。

 

あなぐまのクリーニングやさん (PHPにこにこえほん)

あなぐまのクリーニングやさん (PHPにこにこえほん)

 

 

だって…

だって…

 

 

 「あなぐまのクリーニング屋さん」は、ここ数年毎年読んでます。(どうってことない絵本)と言うのが私の第一印象だったんですが、いつも子供達の反応がすごく良いです。ちょっと不思議なくらい。「だって」は初めて読みました。おとなしいクラスだったせいか私の読み方が悪かったのかリアクションは今ひとつ。メンバーの一人が「学校編もあるよ」と見せてくれました。私は、シュールな「だって」もいいけれど「だって...学校の巻」の方が小学生に向いてると思いました。

 

だって… 学校の巻

だって… 学校の巻

 

 

 

サークル歴も10年を超えました。昨日は少し時間があったので、蔵書を整理しました。優に1000冊は超えてそう。メンバーが個人的に買って置いている本も多いのですが。一度しっかり整理して、もう少し有効活用できないか考えていこうねと話し合いました。

 

今日、整理した絵本あれこれ。

 

おーい、ふじさん! (クレヴィス写真絵本)

おーい、ふじさん! (クレヴィス写真絵本)

 

 大型の写真絵本。迫力あります。富士山、かっこいい。

 

けんかのきもち (からだとこころのえほん)

けんかのきもち (からだとこころのえほん)

 

 伊藤秀男さんの絵が好きです。

 

 顔にしか見えない。

 

ジャイアント・ジャム・サンド (えほんライブラリー)

ジャイアント・ジャム・サンド (えほんライブラリー)

 

 やたら子供にうける絵本。

 

日本の神話〈第3巻〉やまたのおろち

日本の神話〈第3巻〉やまたのおろち

 

以前は「やまたのおろち」と「いなばのしろうさぎ」を2冊セットで読んだりしてました。時間の都合もあり、最近は「くにのはじまり」を5年生に読んでます。例年すごく集中してくれます。ゲームとかのおかげで神話が身近になったのかなあ。

 

急行「北極号」

急行「北極号」

 

 クリスマス時期の定番絵本でしたが、朝読書の時間が短縮されて、時間が足りず読めなくなりました。残念。

 

トリゴラス (ぽっぽライブラリ みるみる絵本)

トリゴラス (ぽっぽライブラリ みるみる絵本)

 

ここのとこ読んでません。「はせがわくんきらいや」を読んでるので、他の作者優先ってことで選外になったのかな。男の子の妄想全開で大好き。

 

ブライディさんのシャベル

ブライディさんのシャベル

 

 名もなき人の一代記。地味だけど滋味ある一冊。

 

ゆうたはともだち (ゆうたくんちのいばりいぬ)

ゆうたはともだち (ゆうたくんちのいばりいぬ)

 

 先日、久しぶりに読んでみたら、この絵本を知らない子が結構いて驚きました。考えたら出版されたの30年前だもんなあ。そりゃそうか。

 

つきよ (スピカのおはなしえほん (13))

つきよ (スピカのおはなしえほん (13))

 

 長新太さんの絵本もすっかり読まなくなりました。寂しい。来年は何か一冊候補を探して、読むように提案してみようかな。

 

 

 

 

 

 

もう少しだけやっていこうかな

体調不良が長引いて、どうにも疲れてしまった。良い時と悪い時の波はあるけれど、良い時ですら日常生活を送るのがやっとなレベル。夜寝る時に(このまま目が覚めなかったら楽だなあ)と思う毎日だ。別に不幸ってわけではない。むしろ「特に思い残すこともない」気持ち。だから傍目にはごく普通に機嫌良くのんびり過ごして見えると思う。まあそれも嘘じゃない。

 

今のところ、ぽっくり逝くなんてことは望めそうもない。分からないけど。とすれば、このまま頭痛だの怠さだの絶望感だのと付き合いながら、どれだけやっていけばいいのだろう。

 

子供の頃から、「やりたいことリスト」や「今後の計画」を書き出すのが好きだった。いや好きというのはちょっと違うかな。癖? でも、計画通りにできた試しがなくて(やっぱり自分はクズだ)と凹むことが多かった。これは悪癖に近いんじゃないかと思って、最近はやっていない。というかやるだけの気力も余裕も失っていた。

 

でも、この体調不良のまま、いつ来るか分からない最後まで生きるのはたまらない。もう少しだけ、今よりましな過ごし方を探っていこうかなと思っている。単なる今日の思いつきかもしれないけど。

 

ある試験に取り組んでいた頃、古い友人に「私、昔から努力ってできないんだよね。継続できないの。クズ野郎なんだよ。多分、これからも受からないと思う」と言うと「こつこつやろうとするからできないんだよ。できなくて落ち込んでも何の役にもたたない。中断しても、何事もなかったみたいに淡々とまた再開すればいい。」と言われた。この言葉のおかげで試験に合格できた。

 

人生も同じかなあ。淡々と、でもよりよい方を目指しながら過ごす、か。

 

実家の母と寿司を食べてきました。

美味しくて庶民的なこちらのお店です。

 

tabelog.com

なぜか、どのメニューにも「ミニうどん」がセットで付いてきます。以前、夫が「ステーキ御膳」頼んだら、それにも付いてきてシュールでした。お吸い物や味噌汁、そばにも変更できるので、今回、私達はお吸い物に変えてもらいました。

 

実家からは少し離れている店なので、行き帰りの車の中で、帰ってから実家で、色々なことを母と話しました。母は父の両親との完全同居、私は夫の両親との隣居なので、それぞれの愚痴もけっこう披露し合いました。実のところ、母には無意識のうちにストレスのはけ口にされていたよなあという思いもあります。でも、自分自身が母と似た境遇で生きて来た今は、そうするより仕方なかったのだと思えます。「母みたいに子供にあたらないぞ」と思ってがんばったあげく、自分が潰れてしまったもんな、私。私と母と、どっちが母親としてましなのかわからないです。人生ってうまくいかない。

 

学年のマドンナだった母は、おばあちゃんになってもモテるようで、元同級生のおじいちゃんに求婚された話も聞きました。「お金には不自由させないって言われたから『私、お金には困ってません。夫がしっかり働いて十分残してくれてますから』っていってやった」というので(あいかわらず見栄っ張りだな)と苦笑しました。亡くなってしまうと悪いことは忘れてしまうのか、「お父さんは心が綺麗な人だった」「人のことを貶めるようなことはけっしてしなかった」「若い時の私をふりかえると、あの時の自分はかわいそうだったと思うことはあるけれど、お父さんと結婚して不幸せだったとは全然思わない」と言い切っていました。

 

母の一人暮らしも、三年目になりました。庭仕事をしたり、祖母の施設を週一で訪ねたり、コーラスや水彩画のグループに入って活動したり、同級生や会社の元同僚と食事をしたり、と日々忙しく楽しく暮らしているようです。どうかいつまでも元気で居てほしいです。母のように活動的なおばあちゃんにはなれそうもありませんが、私も元気を出して日々暮らしていこうと思いました。

 

新装版 あ・うん (文春文庫)

新装版 あ・うん (文春文庫)

 

 母が留守中、タンスの上にお金を置いていたら、祖父からくすねられたことがあったそうです。祖母が祖父を問い詰めたら「あんなとこに置いとくほうが悪い」と言ったとか。...... 私んち、思った以上に「底辺」だった。父は、母や母の家の明るさ、文化的な雰囲気に憧れていた面があったのだろうなと思いました。なんか『あ・うん』を思い出してしまった。舅が山師で家のお金を使い込もうとする場面がありました。

シフト連絡を忘れられていたのかな

先日ショッピングセンターで働いた帰り際、職場のチーフに「来週のシフトはどうなっているんでしょうか?」と聞くと、担当がいなくて分からないから後で連絡すると言われました。しかし、そのまま何の連絡もありませんでした。その後、日を置いて電話したら同じこと言われて「連絡するように言ってたんだけど」「では、そちらからの連絡をお待ちしてよろしいですか」「はい」

 

それで、結局、連絡はきませんでした。再度電話をかける勇気はなかったです。かなり凹んだ。もたもたしたおばちゃんに来られても邪魔ってことかな〜って。でもそれならはっきり言って欲しい、こっちの都合だってあるのに。夫にぐずぐず言っていたら「連休中に人手が足りなくなる可能性があるから、とりあえずキープされてるんでしょ。年齢やスキル、勤務可能時間から言って優先順位が下になるのは当たり前で、凹む必要ない。連休前に突然連絡あるんじゃないの」と言われました。そう言われても......落ち込む。

 

ゴールデンウィーク直前になっても連絡は来ず、ようやく吹っ切れました。夫の言葉も(そりゃそうだ)と受け止められるようになって、週末をゆったりと過ごしていた時、突然電話が。「あの〜......私さんってシフト聞いてないですよね?」「はい。聞いてないですが」「あ、そうですよね。ええっと...... 来週って出られますか?」

 

というわけで、今週4日勤務することになりました。これってシフト連絡を忘れられてたっぽくないですか? 「あの短期の人、突然休むとかありえないよね」「なんかやる気ありげだったけどなあ」「忙しいから雇ってんのに、ほんと迷惑」みたいな会話を妄想する私。もう一度しつこく電話したほうがよかったのかなあ。今日の昼から出勤ですが、すごい不安。何事もなく過ごせることを祈ってます。

 

......と、ここまでが昨日の話。昼から行って働いてきました。 もたもたしながらも特にミスはやらかさなかった......と思う。今日も今から働いてきます。がんばります!!

 

幼い私にとって父の郷里は別世界だった

私は祖父母にとって初孫だったので猫可愛がりされていた。まだヨチヨチ歩きの頃からあちこちに連れて行ってもらった。私は北九州市の新興住宅地で育ったが、父の郷里は県南部の田舎だ。毎年、祖母は盆参りのため郷里へ行っていたが、私を伴うことも多かった。

 

幼い私にとっては大旅行だ。まずは自宅から黒崎まで電車に乗る。黒崎から博多までは汽車だ。(実際は電車だが古い北九州民は筑豊電鉄西鉄を電車、国鉄は汽車と呼んでいた)窓の外を見ていると工場やビルが過ぎていき、そのうち住宅地、そして遠賀川が見えてくる。河川敷に放牧されている牛を見るのが楽しみだった。そこを過ぎるとあとは山と田んぼと畑が続く。結婚後、夫に「北九州と福岡の間には牛しかいないと思っていた」といったら「失礼すぎる」と顰蹙をかったが、まだ小さな子供だったので大目に見て欲しい。単調な風景に飽きて眠ってしまい「もう博多に着くよ」と起こされるのが常だった。

 

その次の記憶は、西鉄福岡駅だ。博多からどうやって天神に出ていたのか記憶にない。父の郷里まで国鉄も通っていたはずだが、なぜ乗り換えていたのだろう。西鉄福岡駅は、線路が建物の中まで引き込まれているのが珍しかった。カマボコ屋根というのか曲線になった天井が外国みたいで好きだった。たしか岩田屋デパートに直結していたと思う。このあとは延々と電車。ここまで来ると私は疲れ果てて道中ほとんど眠っていたので、この間の記憶は残っていない。最寄駅に着いてタクシーに乗り「ミヤンマエまでお願いします」と祖母が告げると、お宮の前にある酒屋、祖母の実家に着く。(おうちの名前をいうだけで着くなんてすごい)と思っていたし、大きくなっても「ミヤンマエ」は祖母方の家号か通称だと思い込んでいたが、今考えると「宮の前」という地名だったのかもしれない。

 

ミヤンマエには私より二つ三つ大きな女の子がいて、大人たちに引き合わされたあとは二人取り残された。「上にあがってみる?」と言うのでうなずくと、急な階段に案内され、のぼると天井の低い畳敷きの部屋があった。子供の背丈でもぎりぎり立てるくらいの高さで(ここは何のための部屋なのだろう?)と不思議だった。窓から外を覗いたり、他愛ない話をしたりしたが、すぐに飽きてしまい、お宮に向かった。頭が痛くなるような声でセミが鳴いていて、何もしないのに木からぼとぼと落ちてきた。男の子たちが何人か「お前、どっから来たとか」とわいわい言うので立ちすくんでいると、親戚の女の子が仁王立ちになって「この子は北九州から来たとよ! あたしの親戚やけん、なんかしたらしょうちせんよ」と言ってくれた。

 

そうこうするうちに祖母の盆参りが終わり、そこからは親戚中を引き回された。近くに何人も親戚が住んでいるのが不思議だったし、それぞれの家の作りや大きさが全然違うのもおもしろかった。私が住んでいたのは一区画が70〜100坪程度に区分けされた碁盤の目のような団地で、どの家も似たような感じだったから。

 

いつも祖母の妹の家に泊めてもらっていたが、ここが昨日書いたコンクリート造の大きな家だ。小さな女の子を喜ばせようと、男の子二人がバドミントンをしたり本を見せたりしてくれても、引っ込み思案な私はなかなかうちとけることができなかった。家の周りには水路が引かれていて、小さなカニや魚がいるのが見えた。網とバケツを貸してもらって魚やタニシをすくっては戻した。水路のそばにネムノキがあって花がきれいだったのを覚えている。

 

珍しい経験をさせてやろうという思いだろうか、共同風呂に連れていかれたこともある。コンクリートでできたお風呂で、隅っこに生えた苔が電灯の光できらきらして見えた。帰り道「ほら、星が綺麗かろうが。北九州ではこげん星は見えんやろう」と言われて見上げると、本当に降るような星空でびっくりした。あまりに強い印象を受けたからか、この夜のことはその後何度も夢にみた。

 

久留米絣の工場に連れて行ってもらったこともある。行ってみると大きなプレハブ小屋で、私がイメージする「工場」とは違うと思った。暑いからかうるさいからか、戸や窓が開け放たれて外の風が入ってくる中、機械がカタンカタンと大きな音を立てていた。目の前すぐをピンと張られた糸がするすると動いていくので、触ってみたくてうずうずした。

 

履きなれないワンストラップのよそいき靴のせいで靴擦れができた時には、大きな商店街で新しい靴を買ってもらった。あれは久留米だったのか大牟田だったのか。黒崎や小倉とはまた違った雰囲気の大きな繁華街。道路沿い一直線に、どこまでも店が並んでいた。日が暮れていく中、遠くまで続く街灯がきれいだった。

 

昨日「田舎では文化や教育に触れる機会が少ないのは事実」と書いたけれど、どこにいっても、そこ独自の文化はあるのだ。美術館や映画館の有無が文化の有無っていうわけではない。いや、あれは、そういう文脈の話ではないのだけど。父の郷里は私にとって別世界だった。当時はどちらかというと迷惑だった祖母との同行だが、あの小旅行は私にとって得難い経験だったと今は思う。

 

 

廃市/飛ぶ男 (新潮文庫 草 115-3)

廃市/飛ぶ男 (新潮文庫 草 115-3)

 

 

父の郷里からは少し離れていますが、筑後地方にある都市(たぶん)柳川を舞台にした作品です。福永武彦の原作が大林宣彦によって映画化されています。美人のお姉さん役に根岸季衣、その夫で妻の妹にも思いを寄せられる旧家の主人に峰岸徹という配役には、若干う〜ん......という気持ちになるのですが、古い歴史を持ちながら滅びゆく街という雰囲気はなかなか良くて好きです。しかしパッケージが怖すぎる。