元活字中毒主婦の身辺雑記

日常の細々したことなど。

トロイメライ

今日、二軒目の仕事は、元ピアノ教師だったという高齢女性のお宅での掃除でした。耳が遠く脚も弱っているので、玄関で呼び鈴を押すのではなく勝手口から出入りするように言われています。入り口で挨拶をして中に入ると、ピアノの音がしました。トロイメライを数小節ずつ確かめるように弾いていらっしゃいました。ここのお宅でピアノの音を聴くのは初めてでした。いつもはピアノがある居間から掃除を始めますが、今日はトイレやお風呂から始め、居間は最後にすることにしました。掃除をしながらずっとトロイメライを聴いていました。他の箇所をすべて済ませてピアノの部屋に戻ってくるとちょうど楽譜を片付けていらっしゃいました。目が合うと、少し照れくさそうに、にこっとなさって「昔はよく弾いたんだけど、だめね、全然弾けないの。まるで初めて弾くみたい」とおっしゃいました。次の仕事に向かう車の中で、またいつか聴かせていただけるとうれしいです、とお伝えすればよかったと思いました。

 

シューマン: 子供の情景 Op.15/ヘンレ社/原典版 (2007年改訂版)

シューマン: 子供の情景 Op.15/ヘンレ社/原典版 (2007年改訂版)

 

 保育士実技試験に向けて、2年ほどピアノを習いました。先生は息子の同級生のお母さん。本読みサークルの元メンバーでもありました。ピアノの練習自体はもちろん、彼女と話すのも楽しかったです。格安で教えてくれてありがたかったです。また習いたいなあ。

一難去ってまた一難(まさかの三留??)

春先からずっと心身共に調子が悪く「疲れ果てた。もう何もかも終わりにしたい」という気分にとりつかれてました。こういう時は「とりあえず大きな決断を先送りにしてしのぐ」しかないので「6月まではなんとしても生き抜く」ことを目標に暮らしてきました。結局、3月に体調不良で倒れて少し休めたのもあり、なんとか最悪の状況は脱しました。希死念慮を紛らすために身辺整理をしたおかげで長年捨てられなかった蔵書の処分もすすみ、家の中がすっきりしました。娘の引越しやアパートの引き払いなどが終わった4月下旬には体調も落ち着き、低空飛行ながら日々穏やかに暮らしています。

 

この夏には、息子や娘も帰省しました。娘は大学生活を充分楽しんでいるようだし、息子もわりと体調がよさそうでよかった......と思っていたのですが、なんだかまた留年しそうです。11月に追試があるので確定ではありませんが。そして、9月に入ってからは、また電話にも出ずメールにも返信しない日々。息子に役所で取ってきて欲しい書類があるのですが連絡がつかないので、また夫が上京するはめになりました。

 

今までは金銭的な負担や、受験生である娘のこと、高齢な両親のことを考えて自宅を離れるのを躊躇していましたが、ここまで来ると夫か私が上京して息子と一緒に住むしかないのではと思っています。主治医に話してみたら、試してみる価値はある、本人は嫌がるかもしれないけど、とのことでした。夫が転勤できれば一番いいのですが、可能性はとても低いです。ということは私が行くしかない。息子はプライベートスペースがないと病むので最低でも二部屋ある場所に住む必要があります。私が、それなりの金銭を稼がないとやっていけないので相当不安です。この頃は、東京都23区内のヘルパーや保育士の求人を検索したりしています。

 

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

 

 海外の日本食レストランで働く弟が一時帰国しました。実家に会いに行ったら、この本を「これ姉ちゃんにやるわ」とくれました。いつどこで買ったんだろう? 住んでいる国は貧富の差が激しくて好きになれない、料理も雑でいらいらする、でも金は貯まるからもうちょいがんばって働く、と言ってました。来春には新しい店を任されるそうで、メニューをいろいろ考えていました。海外に比べたら東京なんか近いよな。姉ちゃんもがんばるよ。

 

筑豊のレトロなお菓子〜ダイヤの山羊羹など

夫が、田川の菓子店「ボヌール」で羊羹と焼き菓子を買ってきました。お菓子のパッケージも手提げ袋のデザインもレトロ。羊羹のパッケージには「の山」が小さく書かれているので大丈夫ですが、「ダイヤの山羊羹」と書かれると「やぎかん」って読んでしまうのは私だけでしょうか。中に入ってるしおりのデザインも良いです。小さすぎてわかりにくいけど、炭鉱の様子が描かれています。

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ケーキ屋で羊羹??? と思いましたが、元々は和菓子屋さんで「一角家」という屋号だったそうです。「ダイヤの山羊羹」は昭和8年に初めて製造された歴史あるお菓子。糸田町ふるさと納税の特典品一覧に載ってました。

 

特典について | 福岡県糸田町ふるさと納税 - 糸田町ふるさと寄附金

 

とにかく大きくて、重量は一個290g。

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冷たい麦茶と一緒に食べました。黒糖の風味が強く、ねっとりとしていて食べ応えのある羊羹でした。私は好きな味。栞の写真、もう一度撮ったけどうまくいきませんでした。残念。

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焼き菓子は明日食べます。

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ボヌールでは、以前、ケーキも買いました。こちらも美味しかったです。筑豊は美味しい甘いものが多いです。

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ゴールデンウィークには筑豊めぐりをしました。

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娘に会いに来ています

一昨日の晩、仕事帰りに夜行バスに乗ってやって来ました。夜10時過ぎに福岡を出て、朝8時前に着きました。夜行バスや夜行列車に乗るのは四半世紀ぶりです。若い頃は平気で熟睡してたのに、今回は全く眠れませんでした。

 

アパートに着くと娘は朝食中でした。ジャーマンポテトっぽいものを食べてました。学食以外で外食はほとんどしない、朝夕はたいてい自炊してるそうです。この間は炊飯器でチーズケーキを作ったと言ってました。いろいろ料理を楽しんでいるようです。

 

娘が大学に行ったあとはシャワーを浴びて布団を敷いて寝ました。全然寝てないのにあまり眠れない。夫にメールしたり洗濯物を洗って干したりして、合間に横になってうとうと。昼にいったん帰って来た娘と大学の学食に出かけてごはんを食べました。

 

学食ではアジの南蛮漬けと唐揚げの時雨煮野菜サラダ添え、白ごはん小と白バラ牛乳のカフェオレ。これで500円ちょっとでした。少し食べ過ぎたけど美味しかったです。娘の部活の話や高校の友達の消息、授業の感想などを聞きながら食べ終え、アパートに帰宅。

 

夕方まで雑談しながらごろごろ。娘が自転車で買物をして来たので、夜はポテトサラダ、豚肉と玉ねぎ炒めを作って食べました。

 

ゴミ部屋にはなってないねと言うと、小さくガッツポーズをしたので、ガッツポーズするほど綺麗じゃないなあというと、てへっという顔してました。

 

水周りをこまめに掃除する、床にできるだけ物を置かない、使わないものは収納する、食器類は埃がしない場所に置く、細かいものはまとめてトレーやボックスに収納する、そしたらもっと片付くし楽になるよと伝えました。

 

今日は映画を見に行ってそのあと外で食事をする予定です。

 

 

 

 私は子供の頃から部屋をあれこれ模様替えするのが好きです。一人暮らしになれば、自分の好きなものだけに囲まれて暮らしたいです。 娘にはそういう興味があんまりないようです。まあ健康を害さず、人が遊びに来てもドン引きされない程度に片付いてればいいかな。

 

立派な蛾(虫画像注意)

朝、庭の水撒きをしてたら、蛾の死骸が落ちていた。

 全長6センチくらい。(なんていう蛾なのかなあ)と思って、中学校の科学部仲間だった友人Kに

「庭で水撒きしていたら立派な蛾がお亡くなりになっていました」

と写真を添付してメールしたら速攻で返事が来た。

「メンダカ(←正しくはメンガタ。メールの読み間違いでした。訂正します。)スズメみたいだね。羊たちの沈黙、のやつ」

 

言われてみたら、あの表紙に載ってた蛾に似てる。蛾の癖に鳴くそうだ。もふもふして立派だ〜と思ったけど、ドクロみたいな模様が不吉だってことで嫌われているらしい。あと、ミツバチの蜜を盗んだりする害虫でもあるとのこと。

 

それにしても持つべきものは友達だと思ってたら、昼過ぎに、職場の人に画像見せたらドン引きされたってメールが来ました。それはすみませんでした。

 

羊たちの沈黙 (新潮文庫)

羊たちの沈黙 (新潮文庫)

 

 原作もおもしろかったし映画も良かった。でも怖くて一度しか見てません。

 

 

虫けら様 (ちくま文庫)

虫けら様 (ちくま文庫)

 

 

くものすおやぶん とりものちょう (こどものとも傑作集)

くものすおやぶん とりものちょう (こどものとも傑作集)

 

 Kに『虫けら様』を見せて、貸してあげようか? というと「買うからいい」と言われました。ついでに『くものすおやぶんとりものちょう』も買ったそうです。

 

くだんの蛾の画像です。一番最初に貼ってましたが、そうすると忌避できないので最後に持ってきました。そこまでして貼るかって話ですが。いやあ、何度見ても立派だ〜。

 

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「"障害者" という言葉は単なる行政用語だ」と言った父のこととか色々つれづれに。

いまから30年も前のこと。夕食後、父母と台所で雑談をしていたら、たまたま障害者や障害の話になった。父が「 ”障害者” や ”健常者” って言葉は単なる行政用語。なんらかの措置をする際に対象を明確化するためのレッテルにすぎない」という趣旨のことを言った。ここまでは良かったが、続けて「でもまあ、正直、障害者って気持ち悪いよなあ」ときた。

 

「ふ〜ん。気持ち悪いねえ。そういや、私、腕とお腹にやけどのケロイドあるよね? 小学校の頃に運動会のフォークダンスで腕組むの気持ち悪いって言われたことがあったよ。何を気持ち悪いと感じるかは、その人の主観だし、障害者とか健常者とか関係ないんじゃないの」と言うと、母は涙目になるし、父は一気に酔いが醒めた顔して黙りこくるし......気まずくなって「もう寝る。おやすみ」と退席した。

 

私は2歳の頃に大やけどをして、その痕がかなりひどく残っている。でも実のところ、あまり気にしていなかった。気持ち悪いと言われたのは事実だが、人の傷痕に触れるのが嫌なのは自然な気持ちだし、まあそういう人もいるよねくらいの気持ちだった。父母のリアクションの大きさにちょっとびっくりしてしまった。(この一文、嘘です。父をやりこめようと思って言いました。)

 

この傷のせいなのか、小学校低学年の頃「緘黙児」と言われたように「ちょっと変わった子」だったせいなのか、私には「自分は『健常者』であって『障害者』ではない」という感覚がないし、自分を「健常者」だと思っている人の自信というか思い込み、想像力の欠如が不思議だ。人は皆どこか欠損や歪みがあるもので、場合によってそれは社会的に障害になる、それだけのこととしか思えない。

 

父自身はアルコール依存症気味だったし、知的には問題なかったが情緒的には五歳児のような人だった。「障害者は気持ち悪い」発言の時も「暴言を吐く俺かっこいい」と思っている節があった。人付き合いが下手で、そのせいもあってか仕事に行けなくなった時期もある。自分の特性故に社会に適合しづらかったわけで、そういう意味では「障害がある」状況といえる。父に「あなたは障害者です」と言ったらどういう反応だっただろう。

 

そういえば、「多分、発達障害でしょう」と言われた息子は、色々な検査の結果、正常の範囲だったそうだ。それでも急に支援が切られるわけではないようでほっとしている。ちなみに彼は動作性IQと言語性IQの差が40くらいある。低い方のIQも平均以上だが。*2017.9.20追記:主治医に確認したら、そう(=正常の範囲内)ではないみたいです。

 

数に取り憑かれた少年だった息子を、得意なことは大切にしつつ、基本的な生活習慣を身につけることを第一に育ててきたつもりだ。それでも得意なことは親が思う以上に伸び、不得意なことはなかなかできるようにならなかった。料理や掃除の習慣など、QOLを左右する力をもっとつけてやりたかったが、そういう想いは私の思い上がりなのかもしれない。彼が自分の適性を生かし、人生を愉しんでいけることを願っているし、何か手助けができるなら何でもしてやりたい。そう思っていることをわかって欲しいが伝える術が分からない。とりあえずは私自身が健康に気をつけて、しっかり働いて稼ぐのが一番なのかな。

 

 

鉄塔武蔵野線

鉄塔武蔵野線

 

  息子が幼い頃、高圧線にはまった時期があります。山のずっと向こうまで延びている高圧線を指差して「高圧線! 高圧線!!」と何度も私に教えてくれたっけ。電車に乗っても窓にへばりついて、ずっと遠くの高圧線を凝視してました。一度くらい一緒に探検しに行けば良かったなあ。 

前川事務次官→『ノルウェイの森』→自分の思い出

「出会い系バーで貧困調査」なんて言うから(謝ったら死ぬ病のおじさんなのか??)と思った前川事務次官、もしかしたら本当に貧困調査なのかもってニュースが出てきて、(ゲスの勘ぐりですまんかった)と思いました。ただ、「ボランティア活動に精をだす清廉潔白な聖人」みたいな扱いはちょっと違うような。好奇心が強くて行動力がある人で、出会い系バーに行って若い子と話すこと自体を楽しんでいたんじゃなかろうか。そうだとして全然悪いことじゃないですが。どっちにしても面白そうな方なので、暇を見てインタビュー動画などを見てみようと思います。

 

前川さんの祖父は前川製作所創始者で、目白台にある男子寮「和敬塾」を設立した人だそうです。「和敬塾」って確か村上春樹の『蛍』や『ノルウェイの森』に出てくる寮のモデルじゃなかったっけ? と思って調べたらやっぱりそうでした。実際に「和敬塾」に在籍した人のブログがあって興味深く読みました。

 

東京大学(英米文学)・阿部公彦の書評ブログ : 2008年03月

 

これを読む限りでは「男子寮」と聞いてイメージする通りの体育会系のとこで、村上春樹が合わなかったのが納得できます。いや、村上春樹と面識ないんで本当はどんな人なのかは知らないし、納得するのも変な話ですが。

 

 

くちびるから散弾銃 (KCデラックス)

くちびるから散弾銃 (KCデラックス)

 

 実は、私も一年だけですが寮暮らしをしたことがあります。昭和40年代に建てられた古い建物で、周りを囲む高いコンクリート塀の上には鉄条網が張り巡らされてました。狭い部屋に二人暮らし。朝は7時前に起床して点呼のち掃除、全員で朝食、門限9時。こう書くと不自由そうですが、楽しかったです。お風呂あがりにドライヤーで髪を乾かし合いながらとめどなくおしゃべりする子や、おしゃれしてディスコに出かける子とそれを「行ってらっしゃ〜い!」と送り出す子、コンサートにどの服着ていくか悩んで洋服をずらっと並べ、お互いに貸借りする子達を(岡崎京子のマンガに出てくる人達みたいだなあ)と思いながら眺めてました。

 

寮は、生活保護を受けている貧乏な子もいれば、お嬢様なので一人暮らしはちょっと......ということで入っているらしい子もいました。障害児対象のボランティアに情熱を注いでいる子がいて、黒板に「*月*日の療育キャンプ参加者募集。希望者は何々まで」とか書いてあったのを思い出しました。彼女はお嬢様だって噂だったなあ。ボランティア活動する女の子と聞いてイメージする地味目な感じの子ではなく、明るく華やかな人でした。行動力があって大学生活をめいっぱい楽しんでいるように見えました。当時はディスコがはやっていて、その子も何人かの可愛い女の子達と一緒に連日行ってたっけ。お店の前をうろうろしたらタダ券もらえるんだよねと言ってったっけ。今はどうしてるんだろうなあ。